居酒屋とくさは、札幌の北円山エリアに佇む、真の意味での「隠れた名店」だ。看板さえ掲げず、入口には小さな徳利とお猪口のイラストボードがあるだけという極めて控えめな外観ながら、その扉の向こうには、札幌の食通たちを魅了し続ける本格的な日本料理の世界が広がっている。

ご夫婦二人だけで切り盛りされるこの小さな店の最大の魅力は、「居酒屋」という看板に偽りありというべき料理の完成度にある。お通しから既に本格的な一皿を提供するその姿勢は、食に対する真摯な向き合い方を如実に物語る。雲丹と蓴菜を使った茶碗蒸し、噴火湾産の香箱がに、北海道産の新鮮な食材を活かした創意工夫溢れる料理の数々は、どれをとっても割烹や高級日本料理店に匹敵する完成度を誇っている。

器選びへのこだわりも特筆に値する。壁2面にわたって飾られた大量の器コレクションは圧巻で、それぞれの料理に最も適した器を選び抜く店主のセンスが光る。料理人からも「盛り付けや器のチョイスに刺激を受ける」という声が上がるほど、視覚的な美しさにも妥協がない。

日本酒へのこだわりも店の大きな魅力だ。「ここで日本酒にハマった」という客がいるほど、厳選された日本酒の品揃えと、料理との絶妙なペアリング提案は、日本酒愛好家から絶大な支持を得ている。純米酒「人生劇場」をはじめとする銘酒の数々は、料理の味わいをさらに引き立てる。

価格設定は一見すると6,000〜7,000円台とやや高めに感じるかもしれないが、提供される料理の質、食材の良さ、丁寧な仕事ぶりを考慮すれば、むしろ驚くほどリーズナブルと言える。本格的な日本料理店では2倍以上の価格でも不思議ではない内容を、居酒屋価格で提供している点こそが、この店の最大の魅力であり、多くの常連客が通い続ける理由となっている。

グランドピアノをデザインした独特な形状のカウンターや、実際に置かれたピアノ（女将が時折演奏するという）など、随所に感じられる音楽への愛着も、この店の特別な雰囲気づくりに一役買っている。12席という小さな空間ながら、その一席一席に店主夫婦の心配りが行き届いており、初めて訪れる客も常連客も、等しく温かいホスピタリティを感じることができる。

アクセスの不便さ、看板のない外観、夫婦二人だけの営業という一見すると弱点にも見える要素が、逆説的に「知る人ぞ知る店」という特別な価値を生み出している。SNS時代にあって、あえて派手な宣伝をせず、口コミと紹介だけで客を集めるそのスタイルは、本当に食を理解する人々だけが集う、質の高い空間を維持することにつながっている。

居酒屋とくさは、「隠れた名店」という言葉がこれほど似合う店は他にないと断言できる。一度訪れれば、その料理の完成度、日本酒の品揃え、器へのこだわり、そして何より夫婦二人が作り出す温かい雰囲気に魅了され、必ずまた訪れたくなる。札幌の食文化の奥深さを体験できる、真に価値ある一軒である。