がごめ昆布という独自性：南茅部エリアの地域資源を活用した差別化戦略

寿し処 山昇の最大の特徴は、函館市東部の南茅部エリアという地理的優位性を最大限に活かした「がごめ昆布」の活用にある。がごめ昆布は南茅部地域の特産品であり、その粘り成分（フコイダン）は他の昆布に比べて格段に豊富だ。この地域資源を「がごとろ」という独自の調理法で海鮮丼に組み合わせた発想は、単なる郷土料理の域を超えた創造性を持つ。「最初はそのまま食べ、途中でがごとろを入れる」という二段階の味わい方を提案することで、一つの料理から複数の体験価値を引き出すことに成功している点は、顧客満足度向上の観点から見ても極めて戦略的である。

「味の散歩道」企画に見る地域連携の成功モデル

当店が参加する「味の散歩道」企画は、じゃらん2年連続1位を獲得した温泉施設「ひろめ荘」と連携した地域振興策として注目に値する。温泉入浴（¥460）と食事（通常¥700〜800相当）を合わせて実質¥1,000で提供するこの企画は、単独店舗では実現困難な価格設定を地域連携によって可能にした好例だ。顧客は温泉と食事の順序を自由に選択でき、利便性も高い。この取り組みにより、観光客の滞在時間延長と地域内周遊を促進し、地域経済全体への波及効果を生み出している。山昇の顧客獲得においても、この企画が大きな役割を果たしていることは疑いない。

価格戦略の妙：圧倒的なコストパフォーマンスが生む顧客ロイヤルティ

ランチの海鮮バラちらしセットが¥1,000、夜でも¥1,500という価格設定は、函館という観光地の寿司店としては異例の安さである。しかし、顧客からは「¥1,000とは思えないボリュームとクオリティ」という声が続出しており、単なる低価格戦略ではなく、高品質と低価格の両立という難題を見事にクリアしている。この価格設定が可能な背景には、臼尻漁港という地の利を活かした鮮魚の直接調達、店舗の立地が観光地中心部から離れているため��の賃料抑制、そして気さくな店主夫婦による家族経営という効率的な運営体制があると推察される。結果として、「何度でも訪れたくなる」という強固な顧客ロイヤルティの形成に成功している。

ロケーションの価値：食事に付随する「眺望」という付加価値

小上がり席から臼尻漁港と噴火湾を一望できるという立地は、食事体験に大きな付加価値をもたらしている。「帰港する漁船を正面から眺められることもある」という臨場感は、都市部の寿司店では絶対に提供できない体験だ。この景観という無形資産は、料理の味わいをさらに引き立てる役割を果たし、顧客の記憶に強く残る要因となっている。カウンター席では店主の技を間近で見られるという選択肢も用意されており、座席タイプごとに異なる体験価値を提供する配慮も見られる。

食感の多層性：「もっちり」「プチプチ」「ネバネバ」の三重奏

がごとろぶっかけ海鮮バラちらしの魅力を顧客が語る際、頻繁に登場するのが食感に関する表現だ。「お魚のもっちり、とびっこのプチプチ、がごとろのネバネバ」という三つの異なる食感が一つの丼の中で調和している点が、この料理の大きな特徴である。単一の食感に飽きることなく、最後まで楽しめる工夫が凝らされている。さらに「追いがごめ」オプションで昆布を追加することにより、ネバネバ感を強化できる選択肢も用意されており、顧客の嗜好に応じたカスタマイズが可能となっている。

接客の温かみ：気さくな店主夫婦という人的資産

複数のレビューで言及される「気さくなおじさんとおばさん」「気さくなご主人とおかみさん」という表現は、接客における人間味の重要性を物語る。高級寿司店のような格式ばった雰囲気ではなく、地元の食堂のような親しみやすさが、リピーター獲得の大きな要因となっている。特に観光客にとって、地元の人々との温かい交流は旅の思い出として強く印象に残る要素であり、この人的資産は店舗の競争力を支える重要な柱となっている。

季節性への対応：旬の魚介による年間を通じた訪問動機の創出

「訪れる時季それぞれに違った旬魚介を味わえる」という特性は、リピーター創出において極めて重要な要素だ。同じメニューでも季節によって使用される魚介が変わることで、複数回訪問する動機が生まれる。北海道の海は季節ごとに獲れる魚種が大きく変わるため、この地理的特性を活かした戦略は理にかなっている。春は新鮮なウニやホタテ、夏はイカやマグロ、秋はサンマや鮭、冬はタラやカニといった四季折々の恵みを楽しめることが、年間を通じた集客の安定化に寄与している。

観光ルートとの連携：縄文遺跡見学者という明確なターゲット層

垣ノ島遺跡・縄文文化交流センターから車で5分という立地は、世界遺産登録された北海道・北東北の縄文遺跡群を訪れる観光客という明確なターゲット層を設定できる利点がある。遺跡見学後の食事需要を取り込む戦略として、この地理的位置は最適だ。文化的な体験と地元の食を組み合わせた観光ルートの提案は、観光庁が推進する「日本型テーマツーリズム」の好例でもある。今後、縄文遺跡への訪問者が増加すれば、山昇の集客もそれに比例して伸びる可能性が高い。

情報発信の課題：ネット予約・SNS活用の余地

一方で、デジタルマーケティングの観点からは改善の余地が見られる。公式サイトは存在するものの、ネット予約システムの導入や、Instagram・FacebookなどのSNSでの積極的な情報発信は十分とは言えない状況だ。「がごとろぶっかけ」という視覚的にもインパクトのある料理は、SNS映えする素材として大きなポテンシャルを持っている。若年層の観光客を取り込むためには、デジタル施策の強化が今後の課題となろう。ただし、現状でも口コミや地域連携企画を通じた集客は順調であり、急激な変化の必要性は低いとも言える。

アクセスの二面性：車必須という制約と静かな環境という利点

函館市中心部から離れた立地は、公共交通機関でのアクセスが困難という課題を抱える一方で、喧騒から離れた静かな環境で食事を楽しめるという利点ももたらしている。函館駅周辺の観光地は常に混雑しているため、「人混みを避けてゆっくり食事をしたい」という層には魅力的な選択肢となる。また、レンタカーを利用する観光客の増加に伴い、車でのアクセスが必須という点が以前ほどの制約にはなっていない可能性もある。駐車場が店舗前にあることも、ドライブ観光客にとっては大きなメリットだ。

総合評価：地域密着型経営と観光需要取り込みの絶妙なバランス

寿し処 山昇は、地域資源（がごめ昆布、新鮮な魚介、景観）の徹底活用、リーズナブルな価格設定、温かい接客、地域連携企画への参加という複数の強みを組み合わせることで、地元住民と観光客の双方から支持される稀有な存在となっている。函館という観光都市にありながら、観光地価格に走らず地域に根ざした経営を続ける姿勢は、持続可能な飲食店経営のモデルケースと言えよう。世界遺産である縄文遺跡群への関心の高まりという追い風も受け、今後さらなる発展が期待される店舗である。ただし、その成長が急激すぎると、現在の家族経営の温かみや価格設定の維持が困難になる可能性もあり、適度な成長ペースの維持が今後の経営課題となるかもしれない。